新しい自分 その弐
ボクシングとの出会いのおかげで、徐々に自分らしさを取り戻すと、やがて自分の中で決めた[会社との決別]の日が近づいて来た。
ある日[奴]が僕に言った。
「他のところに行っても、世の中いろんな奴がいるから負けるなよ。」
そんな思いも寄らない言葉に、複雑な想いが駆け巡った。
お前の虐めに耐えた僕への、せめてもの慰めの贈る言葉なのか…。
それともあれが不器用ながらの教育のつもりだったのか…。
「お前に言われたくないわぁ~!」と、
突っ込みたくなるようなセリフだが、苦しみの出口が見え始めた僕には不思議とエールに感じた。
会社には予め退職の旨は伝えておいたので、円満な退職となり送別会も用意してくれた。
「我慢して良かった。」
そう思った。
心の中の嵐が去ると、今まで頑なに拒否し続けて来た仏門への関心が、少しづつではあったが頭を持ち上げ出していた。
「仏教の中に、心の平穏があるのではないか…」
ひどく疲れた僕の心を、癒やしたかったのかもしれない。
今まで背中を向けてきた「僧侶の跡継ぎ」という現実と向き合うのは、今が絶好のタイミングでもあった。
ほどなくして僕は、我が家の菩提寺であるお寺にお世話になり、仏教の勉強やお経の勉強の修行に勤しむようになっていった。
新たな修行が始まったが、ボクシングの練習だけは続けた。
「新しい自分と出会いたい」
そう思った。