祭りのあと…

バブル景気が終わりを告げると、我々の仕事量は激減し、やがてリストラの風が吹き始めた。

そしてその風に、僕も飲み込まれて行った。

 

業務縮小となり自分の居場所を無くした僕は、自ら退職を願い出て新天地を探し始める事になった。

 

そして次にお世話になった会社で、僕にとって初めての経験となる[いじめ]を体験する事となった。

 

そこの会社での、キャリアの最も長い役職付きの男だったが、とにかく怒鳴る、そして睨みをきかせては威嚇する…。

入社初日からそうだった。

今思い返すと、映画でよく見る鬼軍曹のようだった。

正直、初日から嫌になったが、逃げるのは嫌だったから我慢した。

怒鳴られ、否定され、薄ら笑いを浮かべられながらも歯をくいしばった。

そんな日々が続く中、徐々に笑顔は消え失せて、生気を失って行った。

これは今まで調子づいていた自分への戒めなんだと思えば少し気も楽にはなったが、それでもその男には憎しみが湧いた。

同僚から同情の言葉を貰う事もあったが、皆その[番長]には気を使っているのは明らかだった。

 

ついに鬱状態に突入すると友人たちからは、早く辞めた方がいいと勧められた。

それでも今辞めれば[奴]の薄ら笑いが眼に浮かぶから、それは拒否し続けた。

 

安定剤を飲みながら、なんとか1年が過ぎようとした頃、奴が僕にこう話した事があった。

 

「俺はなぁ、この会社に入った時にある男にいじめられてなぁ…。もうそいつはこの会社には居ないが、俺にとっては修行だった。それでも俺はずっとここに居る。今の若い奴らじゃ耐えられないだろうな。」

 

どうしてそんな話を僕に切り出したのか、真意は謎だがどうでも良かった。 

 

そして風向きが少し変わり始めた。

新しい人が入社して来たのだ。

そよ風が僕をやさしく撫でてくれたような、そんな安心感に包まれた気がした。

 

お互いに気持ち良く挨拶を済ませると、話も合いそうだし一筋の光が射した。

 

「何かあったら何でも話してね。話を聞いてあげるから。よろしくね。」

 

僕は精一杯の気持ちを込めて、そう伝えた。

彼はその時、おそらく深くは考えずに僕の言葉を受け取ったと思う。

 

それから3日ほどが経ったろうか、朝出勤するとその新入社員が辞めた話題が上がっていた。

理由は聞かずともわかった…。

 

その場にいた[奴]が言った。

 

「ふん!根性も無い奴が!俺はこいつは続かんなと思ったけどな!」

 

と吐き捨てた。

 

一瞬、ギリギリの境界線で耐えしのんでいる自分に対しての褒め言葉のようにも感じたが、この男のやり方は明らかに違うと感じた。

厳しさの中にでも愛情は無くてはならない。

その愛情のかけらさえも、見つける事が出来なかった。

 

そして同じ事がまた繰り返された時、自分の中でやっと吹っ切れた。

 

「もう1年我慢して辞めよう。そして辞める時、悪態をつかれたらブン殴ってやるか。」

そう思ったら、気持ちが少し軽くなった。

 

「待てよ…。ぶん殴るって言ってもネコパンチじゃカッコ悪いし、想いを込めたパンチを奴にお見舞いするにはボクシングを学ぶしかない!」

 

安易な考えではあるが、僕はボクシングジムの扉を叩く事となった。

 

それが僕を、考えもしなかった方向に導く事となる…